[日記](読書) 白が5なら黒は3(ジョン・ヴァーチャー) [日記]
途中、ケン・リュウの短編小説集の1章をよみ、その後挫折。
続いて読んだのが本作品、「白が5なら黒は3」。
米国フィラデルフィア在住の作家、本作品がデビュー作。エドガー賞などの
新人賞にノミネートされたとのこと。
原題は「Three-Fifths」、米国憲法でかつて制定されていた黒人奴隷制度を
ある意味象徴する法律(5分の3しか権利を認めない)に由来している。
物語の舞台はピッツバーグ。時代は日本でもメディアで報道された
OJシンプソン事件がおこった1995年。その事件の判決が注目されていたころ。
ここまでの内容から、この作品が人種差別、とくにアフリカ系アメリカ人に
対する差別を扱った小説と言う事が分かるし、そもそも読んだ理由のひとつが
それだった。
日本では考えられないような日常である。
もちろん、似たような状況はあるのだろうけど、少なくとも私の日常ではない。
色素異常(と思われる)から白人と思っている若い息子(20代)
白人のシングルマザー
母と息子で家賃を払うためにパートタイムに明け暮れる
母はアルコール依存症(断酒を息子に誓うが、今日も飲んでいる)
父は黒人であることを母からかつて知らされ、
母親とは出産直後に分かれ(母を捨てる)その後死んだと聞かされている
友人(富裕層)は麻薬密売などの犯罪経歴があり3年の刑務所から出所
祖父は白人主義者(というか、当時のマジョリティ的な考えだと思う)
その友人=アーロンは出所後、息子=ボビーに会いに来るが
様子が激変し、黒人文化を愛していた幼少期から真逆のレイシストに変貌。
細身だった体はサプリメント&筋トレで筋肉隆々。
レイシストの象徴のタトゥの散りばめられている。
そして懸念のとおり出所直後にアフリカ系の少年に暴行、殺害してしまう。
ボビーは友人の変貌、暴行、そして何より
自らの出自から恐怖のあまり、その事件から逃げ出してしまう。
アーロンはしきりに、暴行はボビーのためだし
そもそも、大切な友人であるボビーに手を出したりしないという。
ボビーは自らの出自がバレることをひたすら恐れる。
そんな中、偶然、母親が父親とであい、ボビーに真実を打ち明けるが。
追い詰められたアーロンはボビーも巻き込んでしまう・・
この話はストーリーよりも、差別、LGBT、刑務所、思想、法律
そしてアメリカの歴史・文化がぎゅっと恐縮されていることが
全てなんだろうと思う。果たしてこれがアメリカの真実を
どの程度語っているのか分からないし、判断でもできない。
でも、毎回思うのは、こういう重いテーマの作品が
堂々とエンタメ作品としてリリースされ、
そしてエドガー賞という著名な賞にノミネートされることが、
アメリカという国に良心があると言う事なんだと思う。
米国作品を読むとつくづく人種問題、宗教問題が
単純でないことを理解する。
「分かち合う」ことよりも「お互いに干渉しない」方が
個人的には良い気がするのだが・・・。
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